願いを叶える店 【和ませ屋】

和ませ屋へようこそ。

和ませ屋は、なごみを提供する店、さしずめ言葉の薬種として2014年、藤沢の天然石屋の片隅で

小さくはじまりました。知りたいことを引き出せる書庫・情報屋としてガイドからのメッセージを

お伝えしていました。「薬種(やくしゅ)」とは、古い言い方(そうね、江戸時代位)の薬屋のことをいいます。

 

和ませ屋の母体であるkotono-haは、震災1カ月前の2011年2月9日に誕生しました。

誕生の経緯はいろいろありましたが、それまでお世話になってきたとあるレイキ一門から

わたしは独立することになり。まぁ、運命といえば運命。無謀といえば無謀(笑)

そんな挑戦を、まるで用意されたことのように行ったのがこの2月9日。

 

そして、その1か月後。忘れもしない東日本大震災が発災します。

ノークライシス、危機管理など全くしていなかったわたしは、依頼人の

居る千葉県市川市で被災、帰宅難民となります。

 

当時、シングルマザーになって2年目。まだ未成年の子どもを育てていました。

未曾有の大災害、でも交通機関は麻痺して帰れない。目の前を無情に通過する

タクシーや、東京方面からわいてくるように押し寄せる人々の波。

その最中、駅前のネットカフェのビリヤード台で一夜を明かしました。

このとき子どもから貰ったメールの内容は、一生忘れることができません。

 

帰りたい。

その一念で天や、あらゆるものを恨み、心の底から悲しみました。

そして、震災後。復興に向かう過程の中で、多くの人の裏切りを見てきたわたしは

その心の痛みからすべてのスイッチを落とすことを選択し、スペックと呼ばれた能力は、すべての力を失いました。

仕事場も、顧客も、そして何かの信用も。8年という時間をかけて積み上げてきたすべてのものが

音を立てて崩れ去り、何もかもなくなりました。

 

それでも人間は、生きて行かねばなりません。

スピリチュアルというものにふたをして生きていた2年半は本当に地獄で、ただ生きているだけの時間でした。

毎日毎日が、乾いた砂漠に水を落とすように過ぎていく。

 

そんなある日、わたしはかながわ311ネットワークという災害支援団体と出会います。とある方の導きで、

復興支援事業のチームに参加することになったわたしは、顔合わせの数日後気仙沼に現地派遣に行かせてもらうことになりました。

行きたいけど行けなかった被災地。そこで見た風景は、自分の甘えた2年半を見事に吹き飛ばすものでした。

 

もう一度、現場に還ろう。そう思ってから、ゆっくりと閉じたものが開き始め。

忘れていた時間が、戻ってきました。

 

 

力を取り戻したいと、心のそこから思い願い、もがき苦しんだ2015年。

いろんなご縁や、ヒト、モノとの関わりの中、もたらされた辻堂西口にある築41年の古ぼけたテラスハウス。

そこに居を構えることになった和ませ屋、そして、体験した幾つかのスピリチュアルなこと。

 

不思議なことに辻堂オフィスには、入る必要がある人しか入れません。まるで建物が人を選んでいるのでは

ないかと思うほど。もしかしたらそれは、店主である惠巫女の強い願いの中で生み出されたものだからなの

かもしれません。願いをかなえるには対価が必要、だから、その準備が整わないものは入れない。

なんだか、最近そんな気がしています。

 

その昔、薬種として扱われたのは主に漢方薬だったそうです。和ませ屋では、ポプリを使った厄除けの

お守りや、独自配合のハーブなども今後ご提供していく予定です。それは惠巫女が占術師となった

ことがひとつのきっかけでもありますが。術師として、願いをかなえるために皆様に何ができるか。

それを、一つ一つ考えて、実現して、祈り願っていきたいと思っています。

かなえたい願いのある方は、一度いらしてみてください。入る必要があるならきっと、

ご縁ができるのではないかと思っています。

 

                                                      2016.1.4更新